恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造 Dinosaur Dream Imagination and Creation of the Lost World

この中に、二つの意味で時間を守ってない奴がいるな。ケラトプスユウタです。

今回は2023年に上野の森美術館で開催されていた『特別展 恐竜図鑑(以下『恐竜図鑑展」)』のレポートです。

上野の森美術館

上野の前は同年、兵庫県立美術館でスタートした巡回展です。

圧倒的大多数の恐竜展の場合、その主たる展示物は化石やそのレプリカですが、本展では中生代の恐竜類 Dinosauria などを筆頭とする古生物を描いたパレオアート(古生物美術)が主役となっていてかなり珍しいものかと思います。

19世紀の海棲爬虫類化石の発見以降、人類は化石を手がかりに、現生動物を参考に、大部分を想像で補い、彼らの姿を復元してきました。

じゃあ早速見ていきましょう。

非日常感を演出する復元画のパネルの間を駆け抜けて侵入します。パネルが通路に対して斜めに配置されていることで来場者は自動的に奥へ吸い込まれる仕組みになっています🤓

説明不要かと思いますが、イグアノドン Iguanodon の復元の変遷を模型で表したもの。左から右に行くにつれより新しい復元になっています。僕なら顔を右に向けて配置しますけどね。

イグアノドンは恐竜の研究の黎明期の属であり研究史が長い分、恐竜の中でも時期ごとの復元の振れ幅が特に大きいものです。

ジョージ・シャーフ(ヘンリー・デ・ラ・ビーチによる) (1830)『太古のドーセット』George Scharf (after Henry De la Beche) Duria Antiquior (A More Ancient Dorset)

限られた領域内で横向きの動物たちがそこかしこで殺し合いをしている地獄です。

恐竜図鑑展の図録の表紙にもなっている作品ですが、イグアノドンもメガロサウルスも知られる前の作品なので当然とは言え、恐竜は不在です。

(参考図)ヘンリー・デ・ラ・ビーチ(1830)、『太古のドーセット』Henry De la Beche, Duria Antiquior (A More Ancient Dorset)

たぶんこのデ・ラ・ビーチの絵にシャーフが加筆したものがこの作品という事だと理解していますが、合ってますかね?

そうであればクリーチャーごとの画風の違いにも説明がつきます。

おそらくアンモナイト。これはタコ類のアオイガイを参考にした復元だそうで、一対の羽のような構造は発達した第1腕と思われます。アオイガイの第1腕は貝殻分泌用に発達しているのですが、当時はこれを帆船の帆のようにして水面近くを浮遊していると考えられていたのでしょうか?

ロバート・ファレン(1850年頃)、『ジュラ紀の海の生き物−太古のドーセット』Robert Farren, Life in the Jurassic Sea ‘Duria Antiquior Henry (A More Ancient Dorset)

タイトルも構図もデ・ラ・ビーチの作品に酷似していますが、おそらくリメイク作品のようなものでしょう。

鼻腔らしき物とは別の箇所から潮吹きをする海生爬虫類。おそらくクジラがどこから潮吹きしているのかもまだ解明されていなかった時代なのでしょう。

ジョージ・シャーフ(1833)、『復元された爬虫類 サセックス州ティルゲートの森で発見された化石をもとに』George Scharf, Reptiles Restored, the Remains of Which Are to Be Found in a Fossil State in Tilgate Forest, Sussex

左の大きなイグアナみたいな動物は薄い筆跡ですが、明確に Iguanodon と明記されています。

ティルゲートといえばククフェルディア・ティルガテンシス Kukufeldia tilgatensis というイグアノドン類 Iguanodontidae の産地で知られますが、ククフェルディアのホロタイプの発見は1848年なので関係はないようです。

ジョン・マーティン(1837)、『イグアノドンの国』John Martin, The Country of the Iguanodon

前世界の黙示録的な宗教画と評されるべき作品でしょう。

おそらく噛まれているのがイグアノドンで、それ以外の2頭は角がないのでメガロサウルス Megalosaurus と思われます。

アドルフ・フランソワ・パンネマーケル(1857)、『原始の世界』Adolphe Francois Pannemaker, The Primitive World

『人類誕生以前の世界、あるいは宇宙のゆりかご』という本の口絵です。コウモリのような動物が飛んでいますが、翼は翼竜類の特徴をよく捉えています。

ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ(1853)『イグアノドン晩餐会へのオリジナル招待状、1853年12月31日』Benjamin Waterhouse Hawkins, Original Invitation to the Dinner in the Iguanodon, 31 December 1853

水晶宮のイグアノドン晩餐会ってイグアノドン記載(1825年)の直後に開かれたと思っていたのですが、それから30年弱も経過してからのイベントだったんですね。それともしょっちゅうやってたとか?

ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ(1857)、『ウォーターハウス・ホーキンズの絶滅動物図 12-b 爬虫綱-地球史上第二紀に生息していた恐竜類すなわち巨大トカゲと翼竜類すなわち有翼トカゲ』 Benjamin Waterhouse Hawkins, Class Reptilia – Dinosauria, or Gigantic Lizards, and Pterosauria, or Winged Lizards, that Lived during the Secondary Epoch of the Earth’s History

第二紀というのは今で言う中生代のこと。恐竜類の属はメガロサウルス、翼竜の方はプテロダクティルス Pterodactylus と思われます。

メガロサウルスは哺乳類のような立ち方や寝方で描かれており、オーウェンが想定していた恐竜類の本質を上手く表現しています。

ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ(1876)『ジュラ紀初期の海生爬虫類』Benjamin Waterhouse Hawkins, Early Jurassic Marine Reptiles

クビナガ竜類 Pleaiosauria も魚竜類 Ichthyosauria も半水棲の生き物として復元されています。魚竜類は目の外形に強膜輪の特徴が出まくっていて奇妙ではありますが、ちゃんと化石を観て描いている証拠でもあります。当時も、こんな生き物がいたなら観てみたかったと感じた人は多かった事でしょう。

ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ(1877)、『白亜紀の生き物-ニュージャージー』Benjamin Waterhouse Hawkins, Cretaceous Life of New Jersey

このシリーズはつまり現実とは思えないギリシャ神話のような世界が広がっています。恐竜は特に青い方がヒトのような体格で、リザードマンといった風情にも見えます。この頃は一部の恐竜が二足歩行だったとわかってきたばかりで、身近に観察できる二足歩行動物がヒトしかいなかったのだろうと思います。

描かれているのは捕食者側が今でいうドリプトサウルス Dryptosaurus 、被食者側がハドロサウルス Hadrosaurus と思われます。

ギュスターヴ・ドレ(1882)、『魚と鳥の創造』ジョン・ミルトン(1882)『失楽園』挿絵 Gustave Dore, The Creation of Fish and Birds

これは純然たる宗教画。キリスト教の天地創造の1シーンを表現したもの。

図録の解説によると、(この作品も該当するかはわからないものの)中生代の古生物の発見がドラゴンという架空の生物のデザインに影響されているそう。それまで「大蛇の派生系に過ぎず、英雄を見上げる爬虫類」だったものが恐竜や翼竜の影響を受けて現代のドラゴン像に少しずつ変わっていったのかもしれません。

レオン・ベッケル(1882)、『1882年、ナッサル宮殿の聖ゲオルギウス礼拝堂で行われたベルニサール最初のイグアノドン復元』Leon Becker, Assembly of the First Iguanodon of Bernissart Took Place in 1882 in the Saint Georges Chapel of Palace of Nassau

1880年ごろ、ベルギーのベルニサール炭鉱でイグアノドンの集団化石が発見・復元された事により、恐竜像が大きくアップデートされました。この絵画はスケッチなのでしょうか。場所が礼拝堂という事で恐竜が自然科学というより宗教により密接に関連する分野と考えられていた事が想像されます。その理解で合ってるかわかんないですけど。

今でこそ科学は宗教と相容れないイメージはありますが、19世紀では科学は聖書の内容を補強したり神の思召しを理解したりする為の営みだったと言います。地動説を証明したあのソクラテスさんも「太陽を信仰する宗教のような物」にハマっており、「人間ごときの住みつく地球ごときが宇宙の中心なわけがない」という発送から事実に行き着いたそうな。脱線しました。

余談ですが、原題は”Assembly of the First Iguanodon of Bernissart Took Place in 1882 in the Saint Georges Chapel of Palace of Nassau”です。邦題は「最初」が「イグアノドン」にかかっているという読解もできるので誤訳ではないのですが、「復元」にかかっているようにも読めてしまう気遣いがあります。『最初のベルニサールのイグアノドンは1882年にナッサル宮殿の聖ゲオルギウス礼拝堂で復元された』と直訳した方が誤解は少ないと思いました。

チャールズ・ナイト(1897)、『ドリプトサウルス(飛びかかるラエラプス)』Charles Knight, Dryptosaurus (Leaping Laelaps)

ナイトの代表作。

ナイトは恐竜を復元画家の中で世界一高名な人物かもしれません。時代的必然的に非常にレトロではあるものの、サイズ感は妥当ですし、生き物として科学的に描く事に成功しており現在でも人気の高い画家です。

ティラノサウルス類 Tyrannosauridae という分類群が設立される前に描かれたティラノサウルス類という事で芸術的にも歴史的にも形而上学的にも価値があります。

19世紀の時点で恐竜を躍動的に描いていることでナイトの観察力に驚く人もいるのですが、恐竜の愚鈍なイメージは1920年代から1940年代の世界恐慌や世界大戦の“恐竜研究の暗黒時代”に築かれたものであり、19世紀終わり頃から20世紀初頭の一般的な恐竜観はダイナミックでエネルギッシュな爬虫類というイメージだったのです。ナイトの業績は、そのイメージに則って写実的に恐竜を描いた事です。

チャールズ・ナイト(1897)、『アガタウマス』Charles Knight, Agathaumas

アガタウマスはケラトプス類 Ceratopsidae 疑問名四天王の一角。その正体はトリケラトプス Triceratops である可能性が高いのですが、ホロタイプは頭骨が未発見で、顔面はセントロサウルス Centrosaurus を、フリルはトリケラトプスを参考に復元されているようです。

今日アガタウマスを真剣に復元しようとするとこの顔には絶対になりませんが、現在でも多くの人がアガタウマスと聞けばナイトのこの復元またはそれに影響されたものを連想する人は多いでしょう。それほどに影響力が大かった、いや大きいのです、ナイトやその作品は。

アガタウマスはエドワード・コープ先生が記載した角竜なので、彼の宿敵だったオスニエル・マーシュ先生が記載したトリケラトプスの顔にしたがらなかったのかな?と邪推が捗ります。

チャールズ・ナイト(1901)、『ステゴサウルス』Charles Knight, Stegosaurus

三角おにぎり型の体形、並行に並んだ左右対称のプレートの排列、4対のサゴマイザーに歴史を感じます。20世紀最初期の恐竜の生体復元の中でも初期のものですが、2015年の映画『ジュラシック・ワールド』に登場するステゴサウルスのしっぽの下がった体形はこの復元に近いです。

チャールズ・ナイト(1931)、『ジュラ紀-コロラド』Charles Knight, Jurassic Period, Colorado

描かれているのはおそらく水辺に佇むブロントサウルス Brontosaurus です。アメリカの大手石油会社、Sinclair Oil Corporation のロゴマークのモデルにもなっています。(化石燃料が恐竜の化石由来だと思ってる理科教師がいたりするのはそのせいか?)

チャールズ・ナイト(製作年不詳)『白亜紀-モンゴル)』Charles Knight, Cretaceous Period, Mongolia

ロイ・アンドリュースの東アジア探検隊の成果であるプロトケラトプス Protoceratops が描かれているので、1923年以降の作品である事は確実でしょう。頭骨の大まかなイメージは現在の解釈と大差ありません。親が保護している卵が獣脚類の卵なのも2000年代まで、少なくとも一般レベルでは疑われていなかった事です。

チャールズ・ナイト(1931)、『白亜紀-アルバータ』Charles Knight, Cretaceous Period, Alberta

パラサウロロフス Parasaurolophus、コリトサウルス Corythosaurus、ストルティオミムス Struthiomimus、エドモントニア Edmontonia、エドモントサウルス Edmontosaurus が共存しています。ほとんどはカンパニアン期の恐竜ですが、少なくともエドモントサウルスはマーストリヒチアン期なので現実にはありえない動物相になっていますが、アルバータの白亜紀化石の豊かさや鳥盤類の多様性が伝わります。

チャールズ・ナイト(1931)、『白亜紀-モンタナ』Charles Knight, Cretaceous Period, Montana

AMNH 5116 らしい顔のトリケラトプスと目の位置がワニっぽいティランノサウルス Tyrannosaurus が対峙していて、奥に関係ないティランノサウルスも立っています。両者をライバルとして描いた作品は数多ありますが、その走りと言えるような作品がこれでしょう。

これの手拭いをミュージアムショップで買い、壁に飾っています。

マチュラン・メウ(1947)、『プテロダクティルス』Mathurin Meheut, Pterodactylus

動物特有の不潔感が表現できていて生き生きとしています。一方、ぶら下がり方がコウモリそのものはともかく、翼の復元までもが完全にコウモリのように全ての手指が翼膜を支える構造になっており、翼の復元に関して言えばパンネマーケル(1857)『原始の世界』よりも劣っています。

ズデニェク・ブリアン(1950) 『アントロデムス・バレンスとステゴサウルス・ステノプス』Zdenek Brian, Antrodemus valens and Stegosaurus stenops

ブリアンも、後に紹介するニーヴ・パーカーと並んでナイトのサイエンスアートの魂を継承した優れた画家です。

アントロデムスはアロサウルス Allosaurus のシノニムです。エアピアノをひいているのが気になりますが、腹面を見せて立つ爬虫類の腹部の模様がよく考えられていてブリアンの努力が感じられます。

ステゴは体形こそ三角おにぎり型でナイトの時代と変わらないように見えますが、プレートが互い違い、サゴマイザーが2対と現代の解釈と一致するレベルにアップデートされています。

ズデニェク・ブリアン(1950) 『コンプソグナトゥス・ロンギペスとアルカエオプテリクス・リトグラフィカ』Zdenek Brian,Compsognathus longipes and Archaeopteryx lithographica

チトニアン期のゾルンホーフェンの情景を切り取ろうと試みた一枚。しかしこの絵の本質は「恐竜と鳥の境界」の可視化にあると僕は思います。ブリアンは両者を同一画面に置くことで、両者の類似性を強調しています。1860年代で既にトーマス・ヘンリー・ハクスリーがまさにこの2種を比較し、鳥類は恐竜類(より広くは爬虫類)に近いと主張しつつも受け入れられなかったわけですが、ブリアンはハクスリーを直接引用せずとも、ハクスリーの直感を視覚的に復活させた事になります。これは偶然ではなく、当時の比較解剖学の伝統とも無関係ではありません。

ズデニェク・ブリアン(1950) 『アパトサウルス・エクセルスス』Zdenek Brian, Apatosaurus excelsus

アパトサウルス・エクセルススとは今日で言うブロントサウルス・エクセルススのこと。ナイトの『ジュラ紀-コロラド』の影響を受けてそう。

ズデニェク・ブリアン(1950)、『イグアノドン・ベルニサルテンシス』Zdenek Brian, Iguanodon bernisssartensis

この作品はゴジラのデザインに影響を与えているそうです。こういう姿勢の恐竜を「ゴジラ立ち」とよく言いますが、ゴジラが「ブリアンのイグアノドン立ち」なのです。

本展のキービジュアルに使用されていた作品です。「イケてた頃の俺。」と言っていましたが、イグアノドンは常にイケてます。大丈夫です。

ズデニェク・ブリアン(1960)、『プテラノドン・インゲンス(海上の群れ)』Zdenek Brian, Pteranodon ingens (Group over the Sea)
ズデニェク・ブリアン(1962)、『トリケラトプス・プロルスス』Zdenek Brian, Triceratops prorsus

草原でイネ科植物を食んでいるのはらしくないですが、これも時代ですね。

トリケラトプス・ホリドゥス T. horridus とプロルスス T. prorsus の形態差について整理されたのはForster(1996)なのですが、この復元画についてはホロタイプ(YPM 1822)がモデルなのか、現代のプロルススの特徴を如実に捉えています。

プロポーションについては、個人的にはトリケラトプスの頭が小さすぎて、「好きか普通か」と言われれば後者です。

ズデニェク・ブリアン(1963)『ティロサウルス・ディスペロルとエラスモサウルス・プラティウルス』Zdenek Brian, Tylosaurus dyspelor and Elasmosaurus platypus

なんといっても波浪の表現が素晴らしいです。額縁から海水が溢れ出てきそう。今日の生体復元でティロサウルスは背中にギザギザはないですし尾鰭は三日月型、エラスモサウルスは海面からクネクネ首を出すことはないですが、ノスタルジーという意味でも研究史を学ぶ意味でも素敵な一枚です。

その昔、埼玉のユネスコ村というテーマパークに大恐竜探検館というライト型アトラクションのある施設がありましたが、そこの白亜紀の海のエリアはまさにこの絵の中に没入したような体験ができて好きでした。

ズデニェク・ブリアン(1965) 『ディメトロドン・リンバトゥス』Zdenek Brian, Dimetrodon limbatus

テクスチャーが爬虫類っぽいのは無理もありません。ディメトロドンのような基盤的な単弓類 Synapsid は日本でも「哺乳類型爬虫類」と呼ばれ、名実ともに爬虫類と思われていたのです(!)

テクスチャー以外は現在妥当と思われている本種の姿とまったく変わらないのではないかと思いますが、いかがですか?

ズデニェク・ブリアン(1964) 『ステノプテリギウス・クアドリスキッスス』Zdenek Brian, Stenopterygius quadriscissus

いつのまにか魚竜類が「人類誕生前の怪物」ではなく、「イルカに似た現実的な海の爬虫類」になっているではありませんか。復元も現在のものと比べて遜色ないどころか目の大きさが強膜輪の大きさそのままではなくちゃんと目の大きさで描いており、令和に見られる一部の復元よりも優れています。

ズデニェク・ブリアン(1967)、『プテロダクティルス・エレガンス』Zdenek Brian, Pterodactylus elegans

プテラノドンの時も密かに思ったんですけど、ブリアンの翼竜類は化石はよく観察して描いていると思う一方、あまり飛び方に動きを感じないせいで恐竜類の復元画と比べてクオリティが数段落ちる気がします。

奥の木ではコウモリのように枝にぶら下がるプテロダクティルスが描かれています。

ズデニェク・ブリアン(1970)、『タルボサウルス・バタール』Zdenek Brian, Tarbosaurus bataar

これもキービジュアルになっていましたっけ?

世代によってはこの復元がティランノサウルスやタルボサウルスの最も慣れ親しんだ像かもしれません。

僕はこの入道雲が好きです。

ズデニェク・ブリアン(1955)、『マストドンサウルス・ギガンテウス』Zdenek Brian, Mastodonsaurus giganteus

もともと白黒の作品。水面に反射した逆さマストドンサウルスがきれいです。

ニーヴ・パーカー(1950年代)、『メガロサウルス』Neave Parker, Megalosaurus

この復元は獣脚類が前傾姿勢で尾をあげて歩行している点で特筆すべきです。ゴジラ立ちが当たり前だった時代ですが、パーカーは足跡化石の行跡に尾を引きずった後が見つからない事から歩行時は尾を上げていたと考えていたのでしょうか?

足は形も動きもヒトみたいに見えます。

ニーヴ・パーカー(1950年代)、『イグアノドン』Neave Parker, Iguanodon

構図も復元もブリアン(1950)、『イグアノドン・ベルニサルテンシス』に酷似しています。それぞれ同時期の作品なので、復元の思想についてはイグアノドンがこういう動物という当時の認識が一致していただけの事として、ポーズやアングルまで似ているのです。

もしかしたら二人とも骨格の写真をもとに描いており、その写真がまったく同じだったとかでしょうか?

一応、パーカーのイグアノドンの方が腰が高く尾が長いなどの細部の差はありますが、手指なんかはそっくりです。

ニーヴ・パーカー(1950年代)、『ヒプシロフォドン』Neave Parker, Hypsilophodon

恐竜はこの時期、基本的に尾をついて三点で立つ動物と思われていました。そのような動物は現生ではカンガルーしかいません。そこに加えてヒプシロフォドン Hypsilophodon は足の構造が誤解されたことも加わり、キノボリカンガルー Dendrolagus のように枝にとまる恐竜と長らく誤解されていました。今でこそヒプシロフォドンは大地を駆ける敏捷な植物食恐竜のイメージが強いですが、体が小さく武器も持たないヒプシロフォドンの生存戦略として木に登るというのは当時の人からすればいかにも合理的な説に思えた事でしょう。また大型鳥脚類のイグアノドンとのデザイン上の差別化としても、採用したくなる気持ちはわからないでもないです。

さらにパーカーの画力がその説に説得力を与え、「樹上性恐竜ヒプシロフォドン」のイメージはこの作品を通じて世に広まり、深く浸透していったのでしょう。

ニーヴ・パーカー(1950年代)、『ティラノサウルス・レックス』Neave Parker, Tyrannosaurus rex

メガロサウルスは尾をあげていましたが、このティランノサウルスはゴジラ立ち。やはり休息姿勢というか立ち止まる時は三点で体を支えると考えていたのでしょうか?

尾の横に描かれている足跡はほぼ1列なのに、本体のポーズはいきなり仁王立ちをしているあたり、外連味がすごいです。欧米人は外連味がわからないと言った人は嘘つきです。

テオドール・ライヒャルト・カカオ・カンパニー(1916)、『太古の動物』Kakao-Compagnie Theodor Reichsrdt’s Tierre der Urwelt

チョコレートの付録として作られたトレーディングカードだそうです。20世紀初頭のドイツに食玩という文化、しかも古生物をテーマにしたものが既にあったんですね。

F・ジョン(1916)、『トリケラトプス』F. John, Triceratops

『太古の動物』カードの1枚。言いにくいですが、明らかにナイトのアガタウマスの影響を強く受けています。

島津製作所(1912-45年頃)、『ラエラプス・アクイルングイス』Laelaps aquilunguis

ドリプトサウルス(ラエラプス)の立体物はかなり珍しいと思います。

図録でも詳細不明ですが、このシリーズはおそらく日本における恐竜をモチーフとした模型の中でも最古の物なのだろうと思われます。

島津製作所(1912-45年頃)、『ステゴサウルス』Stegosaurus
島津製作所(1912-45年頃)、『ブロントサウルス』Brontosaurus
国立科学博物館『石膏フィギュア(トリケラトプス)』Triceratops

不気味です。

マルシン『ソフビ人形(スティラコサウルス)』Styracosaurus

知人のジャズピアニスト、田村博さんのコレクション。

このシリーズは復元の精度よりも、古生物が子どもの手に乗る事を優先した造形文化らしいですが納得です。博物館が「検証の恐竜」なら、ソフビは「思い出の恐竜」。両者は対立ではなく、恐竜像を広げてきた二つの家系です。

スティラコサウルスは角とフリルが派手で、造形的に映えるため、ソフビ化に向いているかもしれません。この作品だと吻が縦長でセントロサウルスの個性が強調された感じになっていますが、本来この部分は前に長いのがスティラコの特徴なのであんま言うとあれか。

トイタウン『リモコン人形(トリケラトプス)』Triceratops

リモコンにボタンが二つあるので前進と後退ができるのでしょうか。ティランノサウルスもあるので昭和の子どもたちは全員これで対戦したのでしょう。

水槽用置物

これはかわいくて好きです。おそらくエアポンプと繋げて使うと泡の上昇によって上顎が開く仕組みと思われます。

以下は恐竜ルネサンス以降の作品になって行きます。知らない人の為に説明すると、暗黒期に愚鈍で劣った生物だと思われていた恐竜のイメージが、デイノニクス Deinonychus の発見等によって活発で優れた生物というイメージに変遷したパラダイムシフトのことを恐竜ルネサンスと言います。

ウィリアム・スタウト(1980)『沼地での殺害-クリトサウルス類を襲うフォボスクス』William Stout, Murder in the Marsh (Phobosuchus Attacking a Kritosaur)

スタウトはパレオアーティストではあると思いますが、サイエンスイラストレーターではありません。アール・ヌーヴォー的な輪郭線わかる通り、娯楽雑誌の系譜にいるイラストレーターで、彼の作品は後のコミックへの影響力も持っています。

ウィリアム・スタウト(1995)、『ガリミムス』William Stount, Gallimimus

右下に JURASSIC PARK と書いてありますがコンセプトアートなのでしょうか?

マーク・ハレット(1986)、『縄張り争い』Mark Hallett, Disputed Territory

ハレットは科学的厳密さとダイナミックな構図の両立で知られます。

マーク・ハレット(1991)、『ディプロドクスの群れ』Mark Hallett, Diplodochus Herd

竜脚類 Sauropoda も尾を引きずらず、腰からなだらかに続く形になり、首と共に吊り橋状の構造として復元していて現代的です。

ダグラス・ヘンダーソン(1992)、『ティラノサウルス』Douglas Henderson, Tyrannosaurus

ヘンダーソンは恐竜の行動表現の第一人者。

「恐竜を風景の中の動物として描く」スタイルを確立しています。この作品は手前の植物にピントが合っていて、動物は空気遠近法でボカされているところが芸術的です。実際の化石が産出した場所の古環境を復元するつもりはないらしく、しばしば上流から中流域の風景に恐竜を配置する点も独創的です。

ショーン・マーサ(1997)、『ホースシュー・キャニオンでの遭遇』Sean Murtha, Encounter are Horseshoe Canyon

この作品で印象的なのは、ハドロサウルス類 Hadrosauridae の蛍光ブルーみたいな縞模様と、奥に控えるティラノサウルス類との共存の構図です。縞はカモフラージュであると同時に、群れの中での識別やディスプレイも感じさせます。ハドロサウルス類を視覚動物として明確に復元しているという事です。そして「遭遇」はあるが襲撃は起きない。これは怪獣プロレスではなく、生態系の一断面としての白亜紀を描こうとしているのがわかります。緊張を抱えつつ成立している共存の世界を描いた一枚と言えます。

小田隆(2000-01)、『饗宴』

ジュラ紀中期の四川。死後間もないデスポーズのマメンキサウルス類 Mamenchisauridae 。まだ温もりの残る体に、幸運な2頭のヤンチュアノサウルス Yangchuanosaurus がありついているご様子。左目にはトゥオジャンゴサウルス Tuojiangosaurus の群れを捉えているはずですが、ご馳走を前に意に介す道理はありません。森の奥から死臭を嗅ぎつけた新手のヤンチュアノサウルスが接近。ペアの身内かライバルか、新手を受け入れるのか、追い払うのかは想像に任せるといったストーリーでしょうか。

小田隆(2017-18)、『白亜紀の情景-北アメリカ』

豊橋市自然史博物館のエドモントサウルスの展示室の壁画ですね。ララミディア大陸の水辺を移動するエドモントサウルスの群れ。その脇を歩く一頭のトリケラトプス。画面中央の奥ではティランノサウルスがエドモントサウルスの死体にありついています。雰囲気とか、環境の描き込みが魅力的で、つい見入ってしまいます。

ただ、本作で気になるのが、トリケラトプスのマズルの形状と目の位置周りのバランスなんです。  

僕が今まで見てきた限りの話ですが、トリケラトプスの頭骨標本を見ると、眼窩の位置が比較的吻側(前方)に寄っていて、頬骨(jugal)の後縁が眼窩より後ろに来るような印象が強いのですが、この復元では頬骨の部分が少し前に位置しているように見えたり、マズルが鋭角に凹んでいる印象を受けたりして新鮮な解釈だなと思いました。

もちろん、復元画はその時の研究やアーティスト自身の解剖学的考察を反映した独自の解釈が入るものですし、  小田先生のように長年研究者と密にやり取りしながら描かれている方だからこそ出てくる個性なのかもしれません。  

小田隆(2012-13)、『タンバティタニス・アミキティアエ頭骨』Skull of Tambatitanis amicitiae

兵庫県立人と自然の博物館の為に描かれたであろう図ですね。未発見部分はサルミエントサウルスSarmientosaurus を参考にしているのでしょうか?

本展では生体復元が大半でしたが、グレゴリー・ポールやスコット・ハートマン、G. 増川の骨格図の展示を観たかった気もしますね。

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感想:

恐竜図鑑展を見て感じたのは、人間の想像力の広がりと科学の発展を同時にたどる体験の面白さでした。中生代に行って生きた姿を確認できるわけではないので、「唯一の正解」は存在せず、その時代ごとの知見と想像力が重なり合って姿が描かれていく。その面白さが恐竜に興味のない人も含めた多くの人に届いたのではないでしょうか。

一方、今回の展示でがっこり引っかかったのは、「時代とともに正解に近づいている」という印象を強めてしまう構成でした。古生物の復元は、その時代の科学的前提の上に成り立っています。資料があまりない時代に描かれた復元像は、「間違い」と言うより、当時の科学の最前線を反映した試行錯誤の痕跡です。それが「間違い」なら古生物復元は最も妥当と考えられる物も含めて全部「間違い」ですよ。全てのパレオアーティストの作品には、限られた証拠から前世界を復元しようとする強い観察と妥当性に追いつこうとする葛藤があるはずです。それらは単なる“昔のトンデモ像”ではありません。むしろ、僕たち自身が人間として生きている姿そのものです。ところが、今の常識から見て奇妙に映る過去の復元をおもしろおかしく紹介してしまうと、科学的思考のプロセスではなく、「間違いの歴史」として消費されてしまう危険があります。さらに厄介なのは、一方では素朴な進歩史観を提示しながら、他方では「ゴジラ立ちはよかった」的な懐古趣味も混ざること。進歩史観とノスタルジーが同時に並ぶとどうなるのか?

恐竜復元の魅力は、「だんだん正しくなる物語」ではなく、証拠(光)と想像(闇)がせめぎ合う人間の営みそのものにあるはずです。

その意味では、「進歩史」として眺めるだけでなく、各時代の復元が何を前提に描かれていたのかを見ると、より立体的に楽しめる展示だったのかもしれません。

また次回の記事でお会いしましょう。

それじゃ👋

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参考文献: 産経新聞社(2023)『恐竜図鑑展』東京:産経新聞社.