フェンシングでは負けた事がありません。なぜならやったことがないからです。ケラトプスユウタです。
ケラトプスユウタの恐竜旅行ブログをお読みの皆さまお待たせしました。今宵も中生代の世界へご案内…と、見せかけて今回は嗅覚の世界です。
2025年12月11日〜2026年2月1日まで、東京スカイツリーのソラマチで開催されていた「におい展PLUS+」レポートいきます。
以下のコンテンツが用意されていました。
・12ヶ月の花のにおい
・偉人にまつわるにおい:戦国時代の三英傑と坂本龍馬ゆかり(諸説あり)のにおい。
・動物が出すにおい:哺乳類と昆虫類のにおい。
・古典香水
・魔除けの香木
・“ニッチフレグランス”:変わった香水。
・東京のにおい:なんか人工的な悪臭。
・男女の媚薬
・魔法の香りコップ: 香りを嗅ぎながら真水を飲むと水に味はなくても、嗅覚情報が味覚として伝わり水に味があるかのように感じる的なインタラクティブな展示。
・においクイズ:実際に機械仕掛けの『真実の口』から出る匂いを嗅いで何の匂いか当てるというアトラクション。
・“ニオイよ、さようなら”: 予め仕込まれている「靴下の匂い」を最初に嗅がされて、その後に出てくる何かがスメルキャンセリングするという機械。メカニズムは具体的には説明されてませんでした。おい、企業秘密か!
・香るCM〜映像と香りの特別体験〜:柔軟剤か洗剤か何かの実際のテレビコマーシャルの映像に合わせて上の方からニオイスプレーが噴射される。
・臭い食べ物(くさや、臭豆腐、シュールストレミング):それぞれ大きめの電話ボックスのような個室に実物が隔離されており、1組ずつ嗅げる。個人的には臭豆腐が一番食べ物の匂いじゃないと感じました。くさやとシュールストレミングは漁港に似た匂いです。シュールストレミングは想像していたほど臭いが強くはなかったです。

大半の展示はこういう蓋付きのビンの姿で、来場者は直にそのニオイを嗅げるのです。
これは“12ヶ月の花”の展示で、モクレンMagnolia liliiflora です。
モクレンは3月の花だそう。
モクレンの匂いはただ「春だね」と言って終わらせるには、もったいない可能性があります。
見た目が上品で大きいモクレンの花。彼らは被子植物のかなり基盤的位置に近いグループと言われています。
花びらとがくがしっかり分かれていなくて、花のパーツが螺旋状に並んでいて、花蕊(おしべとめしべ)もやたら多いなど、なんだかつくりが花々の間で今流行っている形質とは違うようです。
でもそれは初期仕様を今も使っているということです。
「それがお前の“生きた化石”たる所以や!」
そしてモクレンの香り。それは、ハチがポリネーター界の王者になる前、甲虫(コガネムシのなかま)が花粉を運んでいた時代の名残と考えられています(田中, 1997) 。
繊細なハチ類ではなくガサツな甲虫用なので、花びらも比較的丈夫、本展の表現を借りれば“肉厚で蝋細工のよう”な構造なのでしょうか?
ということはですよ?モクレンの匂いは約1億年前、白亜紀の森で甲虫たちに向けて発信されていた化学メッセージと地続きであるという事ですよね?
想像してください。春の散歩道で、さりげなくトリケラトプスが嗅いだような嗅覚情報を感じている事を。こうなるとモクレンのニオイは、ただのニオイというより化石のニオイと言ってもそれは過言か。

“動物が自然に出すにおい”のコーナー。ここで言う「動物」とは哺乳動物の事です。
マッコウクジラ Physeter macrocephalus のアンバーグリス。日本語で龍涎香。
自然下では海岸に打ち上がった灰色の塊として見ることができるそう。火をつけると甘い香りがするらしいです。
誤解されがちですが、アンバーグリスは単なる糞ではありません。
マッコウクジラは主にダイオウイカなどの頭足類を食べることはよく知られていますが、イカのクチバシ(カラストンビ)はキチン質で、現生最大のハクジラと言えどもほとんど消化できないようです。
なので、腸を傷つけないように、クチバシを包み込むように脂質が分泌され結石となり、長い時間をかけて化学変化し、やがて海に排出されるそうです。
アンバーグリスは海水と紫外線、酸化によって芳香成分へと変化するらしく、マッコウクジラの腸内ではなく、海中での化学反応によって変化を受けて初めてアンバーグリスと呼ばれる状態になるそうです。
過去には貴族がその香りを楽しみ、香水に混ぜ、媚薬扱いまでしたアンバーグリスですが、出どころは潜水キングの腸結石というわけです。
これぞまさしく深海ロマン。

馥郁たる煙香が鼻をつん裂く。
でも僕はケラトプスユウタだから負けられない。
さてティランノサウルスの香水とはなんでしょう。恐竜好きの方は聞き捨てならないですよね。響きはとても魅力的です。巨大な頂点捕食者。あるいは白亜紀の暴君王。しかし、冷静に考えてみましょう。約6,604万年前の動物です。当ブログでもご覧いただいてきた通り、骨、歯、足跡、糞、近縁種などを元に我々は本種についていくつかの情報を得ています。しかしながら匂いについての直接証拠は、僕の知る限りでは存在しません。軟組織はほとんど保存されず、体液も何らかの分泌物も化石としてはまずもって残りませんからね。それはもう残念と感じるまでもなく、鼻っから(臭いだけに)残っている事が期待できるはずもない化石記録だからです。
とはいえ系統ブラケッティング的に絶滅恐竜の臭いを妄想してほくそ笑む事は許されています。我々のような汗腺とかはないにしろ、鳥類もワニ類も体臭や口臭はあるので、ほぼ全ての主竜類にも何らかのニオイはあっただろうと根拠を持って推定することはできます。
口臭は具体的には、大型肉食獣の口腔内残渣腐敗由来の腐臭。腐った生肉の強烈な分解臭がトップノート〜ラストノートを支配し、臭気指数で言うと10,000〜100,000 ou/m³(無根拠)。近づけば本能的に避けたくなるレベルの悪臭じゃないですかね。
特に腐り散らかしたアンキロサウルスの腐肉も食べたであろうティランノサウルスの口臭など動物史上、最も激しい臭い候補のエントリーナンバー1番にノミネートされると思いませんか?
さらに、狩猟者は臭いが強いと獲物に気付かれやすくなるので狩りの成功率が下がる道理ですが、恐竜は多くの哺乳類と違って嗅覚よりも視覚に頼るという研究がありますので、哺乳類ほど(被食者が)体臭を気にしなかったと考えると「ティランノサウルス悪臭説」を支持しないまでも、否定材料を一つ弱められると思います。
と言うわけでティランノサウルスの臭いはわからない and おそらくめちゃくちゃ臭いという状況で、それでも名も知らぬ調香師は“ティランノサウルス印の香水”を作りました。なぜでしょう?
おそらくそれは、「最強のイメージ」に匂いを与えたいからです。
「ティランノサウルスが最強である」という一般的なイメージがある事は証明する気も同意を求める気も起きません。
言うまでもなくトリケラトプス Triceratops やトロサウルス Torosaurus、エドモントサウルス Edmontosaurusと環境を共有していた以上、ランシアン Lancian の中でさえティランノサウルスが実際に最強だったかどうかは議論の余地がありますし、そもそも何をもって「最強」とするのかを定義づけていないのでティランノサウルスが現実に「最強」だったかはわからないのですが、それでも文化的に「最強」と言われる事は多いじゃないですか。
巨大かつ二足歩行。巨大な頭部。厚い歯。前方を向いた眼。あのトリケラトプスを生きたまま襲った証拠。そして映画や図鑑の復元された姿。
人々はその姿に、力の象徴を見出してきました。
この調香師が試みたのは実在の匂いを復元する事なんかではありません。古生物学的な現実ではなく、文化的記号としてのティランノサウルスです。
そもそもこのZoologist という香水の銘柄のシリーズは動物そのもの由来の匂いというわけではなく、飽くまでそのモチーフとなった動物のイメージを匂いとして表現した品々です。
ちなみに妻の趣味で家にサンプルが全種類あります。他にはイカ、ドードー、サヨナキドリ、ジャコウジカなどがあったかと記憶しています。ジャコウジカに限っては麝香が使われているかもしれませんね(調べる気がない)。

Zoologist TYRANNOSAURUS REX まさにこのプロダクトについては我が家にはサンプルだけでなく、なに、このちゃんとしたブツがあります。使用頻度は4年に1度以下です。
ええ、香水全般そうかもしれませんが、このティランノサウルスはTPOを選びまくる香水なのです。いや、香水を超えてもはや牙なのです。
キャプションには“舞い上がる砂埃や隕石がうんぬん”と書いてあるので、ティランノサウルスだけでなくK/Pgイベントのイメージも重ねているのでしょうね。
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これも“ニッチフレグランス”の一つ。
『シルフィム(絶滅した薬草) 』
Wikipedia ではシルフィウム Silphium 表記でした。
なおキク目 Asterales に Silphium という属があるようですが、別物のようです。
どうやらこの香水はシルフィウムなる植物そのものではなく、古代ギリシアや古代ローマ由来の文献をヒントに近縁種と推定される植物を元にこんな感じだったのではなかろうかという、まさにケラトプスユウタの言うところの「証拠(光)と想像(闇)のコンポジット」によって作り出された、言わば「絶滅生物復元フレグランス」という悲しくも興味深い代物ではありませんか。
シルフィウムは古代ギリシア・ローマ世界で有効利用されていた植物で、現在のリビア東部、キュレネ地方という地域限定で自生していたと言い伝えられている幻の植物のようで、標本もないので学名もないようです。標本がないんだから当然DNAも採れません。
薬用、香料、調味料、そして避妊薬としても使われたとされます。ウルトラ多用途。
現物は絶滅しているため、直接嗅ぐことはできません。けれどもシルフィウムは文献情報からセリ科 Apiaceae と考えられ、現生のオオウイキョウ属 Ferula という系統に近縁だった可能性が高いそうです。オオウイキョウ属は強い樹脂臭を持つらしいです。
絶滅の主因はシンプルに乱獲とされています。
産地限定。供給不安定。ウルトラ多用途。これはまさにコモンズの悲劇まっしぐらの典型例ではあります。
栽培は技術的にできなかったらしく、天然資源の採集に依存。現代のウナギ Anguilla と同じですね。
ウナギが明日のシルフィウムにならないように適切に管理したいですねという話にもなってきます。
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さて!今回紹介したの4つで全体の展示の50分の1くらいかなと思います。
ニオイ展プラス+、実際行かれた方おりますでしょうか。良かったらですね、感想等お聞かせいただけたら嬉しいですね。
という事で僕の感想ですね。まず言っておきたいのは、会場は決して広くないです。展示会として見れば、敷地はコンパクトです。でも十分です。むしろベスト。というのも、これは視覚展示ではなく嗅覚展示。もし倍の展示数があったらどうなるか? 途中から「今嗅いでるの何?」状態になります。人の嗅覚は連続で酷使する事に向かないと言います。そういう意味で、展示数は最適量でした。質と量のバランスが取れていました。
また、声を中にして言いたい。揮発性物質をちゃんとまめに補充してくれているスタッフの皆さん、ありがとうございました。補充される場面を見たわけではないですが、におい展示は、放っておけば「ただのコットン入りの瓶」の陳列になります。展示物が雲散霧消し得るリスクのある展示会。これは資料管理を本気で、ガッとやっていないと成立しません。そんな目に見えない資料を目に見えないメンテナンスが支えている展示でした。そこにプロ意識を感じました。
さらに考えると、これってコロナ禍には絶対できなかった企画ですよね。不特定多数の人間の呼吸器の出入口を、展示物に近づける。「吸い込む展示」ができるようになったという今の環境だけでも、感慨深さがありますよね?
そして、展示にはニッチフレグランスもありましたね。正味、この展示会自体、好き嫌いは分かれるタイプのやつです。ニオイ展自体が万人受けではないはず。でも僕はケラトプスユウタ。思ったんです。こんなニッチなテーマの展示が成立、人が集まり、何かの匂いを嗅ぎ、それがビジネスとして回る。東京って、豊かだなと。そして日本人の知的好奇心って、ほんとうに貪欲だなと。良い意味で。
恐竜もニオイも、結局は知りたいという欲望の矛先ですから。
そして最後に今回、いちばん刺さった角。これまで生きてきて僕が出会ってきた展示のほとんどは、視覚依存型でした。音声解説があれば聴覚。他はせいぜい触覚。そこに来て今回は、嗅覚が主役。これは新鮮でした。
なぜなら、ニオイは説明できないからです。
なぜなら、少なくとも日本語は嗅覚情報を表現する語彙に乏しいからです。
「この花はとても良い香りです」
キャプションに例えばそう書いてあっても、それは体験ではないです。良いかどうかは、各々が決めるものです。
つまり嗅覚展示は、来場者全員に“検証する自由”を解放する。これぞ真の一次資料!!
キャプションは常に二次資料。頼りになるのは自分の鼻。
これは自然史教育的にも、非常に誠実な構造だと思います。
……ただし。
正直、ほとんどの匂いはもう覚えていません。驚いたものもあったはずなのに……具体的な分子構成も、トップノートも、今となっては1月の霧の国。嗅覚の記憶は強いとは言いますが、それは“センセーショナルな思い出”と臭いがセットになった場合の思い出側の話。展示で連続的に嗅いだ匂いは忘れてしまいましたね。
しかし大事なのは「嗅いだ」という経験。この経験があると、もしかしたら同じ匂いを嗅いだ時に思い出と共に何の匂いだったのかしら思い出せる可能性があります。そうであってくれ。
以上です。
それじゃ👋
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参考文献:
- 田中肇 (1997) 『花と昆虫がつくる自然』
保育社. - 羅臼町教育委員会(2023)『羅臼町副読本 知床学(中学生・高校生用副読本)』羅臼町教育委員会 (閲覧日:2026年2月26日).
- Wikipedia(最終編集2026年1月5日)「シルフィウム」『ウィキペディア日本語版』.Available at: https://ja.wikipedia.org/wiki/シルフィウム(閲覧日:2026年2月26日).
- Wikipedia(Last edited 15 February 2026)“Silphium.” Wikipedia, The Free Encyclopedia.Available at: https://en.wikipedia.org/wiki/Silphium(Accessed 27 February 2026).
- National Geographic(2022)“This miracle plant was eaten into extinction 2,000 years ago—or was it?” National Geographic. (Accessed 27 February 2026).
- Miski, M. et al. (2021) “Next Chapter in the Legend of Silphion: Preliminary Morphological, Chemical, Biological and Pharmacological Evaluations, Initial Conservation Studies, and Reassessment of the Regional Extinction Event” Plants 2021, 10(1), 102.
- Wikipedia(Last edited 18 January 2026)“Ferula.” Wikipedia, The Free Encyclopedia.Available at: https://en.wikipedia.org/wiki/Ferula(Accessed 27 February 2026).
