ウナギを絶滅させたらいけません。2

人為で絶滅した生物について語る時に「傲慢な人類がなんたらかんたら」とか「人間の身勝手ななんたらかんたら」ってよく言われますね。言っときますけど、この状況でウナギ食ってる人たちがこれを言うと自分の事を棚に上げてる事になりますからね。ケラトプスユウタです。

今日は土用の丑の日ということで、お待ちかね(という事はなさそうですが)ウナギ資源保護に関係する記事でいかせてもらっちゃいたいと言ったところ!

短い間ですがお付き合いください🏃‍♂️💨


【どこで漁獲・肥育されようとニホンウナギはニホンウナギ】

ニホンウナギという和名から、日本で漁獲されたウナギだけがニホンウナギだと思っている人もいるようですが、日本の動物園で生まれ育ったアフリカゾウがニホンゾウとは呼ばれないように、どの国で漁獲・肥育されたニホンウナギも立派なニホンウナギです。

アメリカで生まれた日本人がアメリカ国籍になるなんてことは人間の法的にはふつうにある事ですが、人為的に場所を移されたところで生物の種は変わりません。


【ウナギが減少している理由】

「ウナギが減少している理由って乱獲なの?」ときかれることがあります。

正直に言うと、ウナギの減少理由には乱獲説以外に環境的要因説など複数の説もあります。

ですが、仮に乱獲が主な減少の要因でなかったとしてもですよ、人類がウナギを乱獲しているのは事実です。よく中国などの近隣国“だけ”が節度を守らず獲り過ぎているというような事をおっしゃる方もいますが、日本人もまったく同じことをやっています。

重要な事実は、「ウナギが深刻な絶滅危惧種であること」と「ウナギが乱獲されていること」です。

絶滅危惧種を乱獲して良いわけがないですよね?

仮に減少の大きな理由が他にあるとしても、乱獲をすれば更なる外圧がかかるというのは単純な話です。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/amp/1802/01/news160.html#click=https://t.co/VBKxIt1Hww

👆この記事によると水産庁は、「減少の要因が獲り過ぎでなかった場合、消費者が消費を控えても意味がないので、原因がわかるまでは消費していい」という主旨のコメントをしていますが、まるでロジックが通ってませんね。

水産庁が「ウナギ食うな」と言う事ができない立場なのはわかりますが…

これは「瀕死の患者がいるけど、死にそうな原因がわからないから、原因がわかるまでは殴り続けて良い」と言ってるようなものだと僕はよく例えています。


【成長段階はほとんど関係ない】

「シラスウナギの時に漁獲するから繁殖機会が奪われてしまうのであり、成魚を捕殺するのは問題ない」という意見を頂いた事がありますがこれも大きな間違いです。

一番重要な情報を先に言ってしまうと、ウナギのメスは外洋の産卵場での産卵を終えると死亡します。

つまり、成魚だろうと漁場が海だろうと、獲られたウナギはかなりの確率で繁殖前です。

稚魚を獲るのも成魚を獲るのも、野生ウナギの個体数を考える上では結果は同じです。


【ニホンウナギ以外のウナギもほぼアウト】

絶滅危惧種なのはニホンウナギ Anguilla japonica だけだと誤解している方もいらっしゃるようですが、ウナギ属 Anguilla の他の種で市場に出回る事があるアメリカウナギ A. americana もニホンウナギと同じく絶滅危機です。

ヨーロッパウナギ A. anguilla に至っては絶滅寸前(トキやクロサイなどと同じ)で、ワシントン条約で取引が禁止されているので売買しようものなら摘発されます。ちなみにスペインかどこかではヨーロッパウナギの稚魚をまとめてフライにして食べる文化があった(ある)そうです…😐

オオウナギ A. marmorata は市場に出回らないでしょうし、そもそも天然記念物です。

ビカーラウナギ Anguilla bicolor はまだ流通量が少なく保全状況の情報がないのですが、ニホンウナギにとって一時しのぎの身代わりになる可能性はあるかもしれません。


【「伝統」は大義名分になるのか】

ウナギを消費し続けても良い言い訳として、長年培われ受け継がれてきた「伝統」だから守るべきだと言うものがあります。一理あります。

本来の資源保護というのは、「食べるのを我慢しろ」ではなく、「十分な回復量が保たれるように節度をもって持続的に消費しながら保全する」というものです。

ですが、1960年には約3000tだった漁獲量が、2011年には70t(約40分の1)と激減しており、去年(2018年)の漁獲量は11tと過去最低の記録をマークしました(ソース)。

要するに、不漁とか高騰とか食品ロスとか言う次元をとっくに超えているわけです。その上で伝統とか言ってる余裕がよくありますねと。

また伝統という意味では、象牙製の工芸品や犀角の漢方薬だって中国にとっては伝統ですが、それらが現在どのように扱われているかを思えばウナギ食の不当性もわかるはずです。

僕は資源が十分回復すればまた食べたいと思います。


【勘違いから生まれた「食べて応援」】

「絶滅から救うために食べて応援」という類のスローガンや売り文句を目にする事があります。これは「需要が減っている事が問題」と勘違いしているのと「需要が高まれば(工場で作られる製品のように)生産量が増える」という誤解から生まれたんだと思います。憶測ですが。

例えばカイコなら高度に家畜化されていて自然界では生存できないため、絹の需要がなくなり養蚕する人がいなくなれば絶滅します。しかしウナギはそうではありません。

「どうしてもウナギを未来の人々に残したくないから絶滅させたい」という方なら、「食べて応援」というのは目的に適っていますが、そうでないならウナギを食べることはウナギを救うことにはならず、何度も言うように個体数を圧迫するだけです。

ウナギを守るためにそれを食べるというのは、矛盾でしかありません。


ひとまず今思いつく限りの情報は盛り込んでみました。ウナギの資源保護に少しでも役立てれば幸いです。

土用の丑の日が、ウナギを消費する日ではなく、みんながウナギの保全について考える日になれば良いなと思います。

次回からはケラトプスユウタの恐竜旅行ブログに戻ります。次回はユタ州のクリーヴランド・ロイド・クオリーです。