トロサウルス Torosaurus という恐竜がいました。噂には聞いたことあるでしょう。ケラトプスユウタです。
トロサウルスは当ブログでも複数回紹介しているケラトプス類で、トリケラトプス Triceratops と近縁です。
トロサウルスを知ってる人の中には、「トリケラトプスはトロサウルスの子供だった」という仮説をご存知の方も多いでしょう。
2010年にモンタナ州立大のホーナーさんやジョン・スキャネラさんが発表した仮説で、トロケラトプス仮説 Toroceratops hypothesis などとも呼ばれます(参考文献)。
両者の違いは成長段階の差で、トリケラトプスより後に命名されたトロサウルスはトリケラトプスのジュニアシノニム(新参同物異名)であると主張されました。
これがロッキー博物館のトロサウルス・ラトゥス T. latus
MOR 1122 (僕は発見者である兄弟にちなんでかってにブセンバーク Busenbark と呼んでいます。ほかの人はそう呼んでないはずなのでご注意)(しばしば言及する標本に愛称がないと不便なのよね)
もちろんモンタナ州立大学の施設なので、トロケラトプス仮説に基づいてキャプションでは成体の(つまりトロサウルス型 Toromorph)トリケラトプス・ホリドゥス Triceratops horridus 名義。
トロケラトプス仮説はいろいろな人がブログで取り上げているテーマではありますが、今回はせっかくドンピシャの展示に巡り合ったわけなのでケラトプスユウタの恐竜旅行ブログでもやらせていただいちゃいたいと言ったところ。
こちらもロッキー博物館の展示物、トリケラトプス・ホリドゥスのホロタイプ(種を設立する基準となった標本) MOR 1120 またの名をゲッタウェイ・トライク Getaway Trike
(ちなみにらえらぷすさんのブログ: Get Away Trike! の名付け元)(厳密にはそのロカリティが)
(訂正箇所はヒロくんに教えてもらって追記しました。ヒロくんありがとう)
トリケラトプスは、フリルに穴がない事とフリルの面積が小さいことがトロサウルスとの最大の違いです。角竜のフリルには一対の穴があるほうが基本形です。ふつうの角竜のフリルにはトロサウルスのような穴が空いているということです。非ケラトプス類のプロトケラトプス類 Protoceratopsidae もそうだしより基盤的なレプトケラトプス類 Leptoceratopsidae もそう。
これは大事な情報だと思うのでおぼえておいた方が良い気がしますね!
ホーナー博士らは以下の根拠からトロモルフ仮説を提唱しました。
①トリケラトプスとトロサウルスとの形態的な差はフリルだけ。
②トリケラトプスとトロサウルスは同時期同地域に生息。
③トリケラトプスは幼体を含む幅広い年齢層のものが見つかる一方、トロサウルスは成体しか見つかっていない。
④トリケラトプスはフリルの一部が成長と共に薄くなる。
⑤トリケラトプスの短いフリルは未成熟であることの証。
さらに著者らは想定される反論に対する反論もあらかじめ用意していました👇
①未成体に対して成体の産出量が少なすぎる。→成体になる前の死亡率が高く絶対数が少ないか、成体になると高地のような化石の保存されづらい環境に移動した可能性がある。
②成体(トロサウルス)の個体差にばらつきがある(全てが成体ではないのでは?ということ)。→個体差。
③トリケラ型からトロ型への移行型(中間形態)の化石が存在しない。→USNM 2412(疑問名「ネドケラトプス」”Nedoceratops” として知られる唯一の標本)がそれ。
④多くのトリケラは縁頭頂骨(フリルを構成する真ん中の骨(頭頂骨)につくホーンレット)が正中線上のものも含めて5対あるが、トロのそれは5〜6対で正中線上にはない。またトリケラの縁鱗状骨(頭頂骨の両サイドの骨につくホーンレット)は5対であるのに対し、トロのは6〜7対ある。→ ホーンレットの数は成長によって変動するし、トリケラでも頭頂骨の6対のホーンレットを有し正中線上のものがない個体も知られているので個体差があった。
以上がホーナー研の主張です。これだけ見ると、トリケラトプスは成長するとフリルに穴が空いてトロサウルス型になるという説明はそれっぽく思えるかもしれません。メディアでは「教科書からトリケラトプスが消える!」などとセンセーショナルに報道されたこともあり(そもそも仮説が正しかった場合、学名の先取権があるのはトリケラの方なので論文の趣旨とも違いますが)、「そうなんだ!」くらいに受け取った方もいらっしゃるでしょう(参考文献)。
ところがケラトプス類業界ではコンセンサスは得られませんでした。まず2011年にアンドリュー・ファルケ博士による論文で以下の観点で反論されました。
①ホーナーさんたちがトリケラ〜トロの移行型として紹介した先述の USNM 2412(ネドケラトプス)をトリケラトプス成体の病変個体として再記載。ネドケラトプスのフリルの穴は薄くなってきて穿たれたという状態からは程遠く、トロサウルスの開口部の位置ともまったく違うので、移行型として当てはめるのは無理があると主張。
②ケラトプス類はフリルが成長しきると縁頭頂骨の数が変動することはない。縁鱗状骨も幼体の段階で最大数になり、それ以降は減ることはあっても増えることはない。
③フリルに穴がある角竜は、孵化したての新生個体ですでにそれが空いている。
☝️カスモサウルス Chasmosaurus 幼体
UALVP 52613 フリルに穴空いてますね(参考までに)。
④トリケラトプスのフリルの薄くなっている部分は首の筋肉の付着部に関連しているもので、穴とは関係ない。
⑤トリケラトプスの多くの標本にはフリル表面に深い静脈の跡がある=すでに老成個体である。
☝️所十三さん所蔵のトリケラのフリル。溝が走っていますがこれが静脈の痕跡で、老齢である証拠らしい(参考までに)。
⑥YPM 1831 というトロサウルスは癒合が進んでいないので間違いなく亜成体のトロサウルスである。
2012年にはニコラス・ロングリッチ博士も別の観点からホーナーらに反論しました。
①同一種なら同じサイトから発見されるはずだが、層序的に同じ地層から見つかっても全く同じサイトからは発見されていない(まだ見つかっていないだけかもしれないとも述べている)。
②あるトロサウルス(ANSP 15192)は鼻骨が癒合していない(成体だが成長の余地がある)、YPM 1831 (ファルケさんが指摘したのと同じトロサウルス)は確実に成体ではない(鼻骨、頬骨、上眼窩角の癒合が進んでいない)。さらに10個体分のトリケラトプスにおいて、既知の中で最も高齢のトロサウルスと同等の成熟レベルに至っていることが確認された。
③トリケラトプスのフリルの薄くなっている部分(窪み)とトロサウルスのフリルの穴は位置が違う上に、トロサウルスは穴とは別にトリケラに見られる窪みを有している。=フリルの窪みと穴はまったく関係ない。
ロングリッチ博士は②と③はトロケラトプス仮説を完全に否定するものと結論づけました。
④縁頭頂骨は頭頂骨の縁に隙間なく並んでおり、増減する可能性はない。一個のホーンレットが分裂することは縁鱗状骨で起こることであり、縁頭頂骨では起こり得ない。
⑤トリケラトプスとトロサウルスは鱗状骨の形が違う(トリケラのは内側がくぼんでいて、外側が平坦。トロのは内側が厚く外側が凹んでいて、相対的に細長い)。中間型は確認されていない。
2013年にファルケ博士らが追加の論文でトロケラトプス仮説を否定しました。
2種のトリケラトプス(T. horridus とT. prorsus)は成長に伴う頭骨の変化が類似しているのに対し、トロサウルスはトリケラトプスとは異なる成長プロセスを経ているとされました。著者らはトロサウルスの標本の乏しさが信憑性を下げているが、トリケラトプスとトロサウルスは別の分類群であると考えざるを得ないと結論づけました。
まとめると:
トリケラトプスとトロサウルスとの形態的な差はフリルだけ←それが属を分けるべきレベルの差異。
トリケラトプスとトロサウルスは同時期同地域に生息。←同種である根拠にならないし、同じサイトからは未発見。また南部ではトロサウルスしか見つかっていない場所もある。
トリケラトプスは幼体を含む幅広い年齢層のものが見つかる一方、トロサウルスは成体しか見つかっていない。←そんなことはない。
トリケラトプスはフリルの一部が成長と共に薄くなって成体になると穴があく。←薄くなるのは筋肉と関連する部位であり穴とは無関係だし、トロサウルスでもそうなってる。
トリケラトプスの短いフリルは未成熟であることの証。←そんなことはない。
トリケラ型からトロ型への移行型は“ネドケラトプス” ←ネドケラトプスはトリケラトプスの病変個体。
トロサウルスの方がトリケラトプスよりホーンレットが多いが、ホーンレットの数は成長と共に変動するし個体差もある。←幼体で最大数に達し、その後は減ることはあっても増えることはない。個体差はそう。
これらの反論以降、ホーナー博士もスキャネラ博士もトロケラトプス仮説には触れていないようです(客観的事実)。
ブセンバークの頭頂骨。下が実骨。上がそのレプリカで裏側を見せています。(実骨の両面を観れるように展示することはできなかったのだろうか🤔)
ブセンバークの頭骨要素(鱗状骨、後頭骨、上顎骨) 後ろからのアングル(右に倒れている)で、左の鱗状骨以外は実骨。
まん丸の後頭顆(首の骨に関節するボール)は自在に頭を振り回せたことを物語ります。
内容が小難しくなってしまいましたが、読んでくれてありがとうございました。
ケラトプスユウタ個人的には、トリケラトプスはわざわざ進化してフリルの穴を失ったのに成長して再び開口する意味がわからないし、ドロの法則(一度退化した形質は二度と発現しない。進化不可逆の法則とも)にも反するという点でトロケラトプス仮説には真っ向から反対します。トロサウルスはトロサウルス。
明日の記事は(も)トリケラトプスです!
参考文献:
Scannella, J. and Horner, J.R. (2010). “Torosaurus Marsh, 1891, is Triceratops Marsh, 1889 (Ceratopsidae: Chasmosaurinae): synonymy through ontogeny .” Journal of Vertebrate Paleontology, 30(4)
Longrich, N. R & Field, D. J. (2012). “Torosaurus is not Triceratops: Ontogeny in chasmosaurine ceratopsids as a case study in dinosaur taxonomy”. PLoS ONE 7 (2)
Maiorino L., Farke A.A., Kotsakis T., Piras P.,2013, “Is Torosaurus Triceratops? Geometric Morphometric Evidence of Late Maastrichtian Ceratopsid Dinosaurs”, PLoS ONE 8(11)
“MOR #17 HALL OF HORNS AND TEETH / FOREVER TOROSAURUS” への3件のフィードバック