ながいながい骨の旅

骨のある男、ケラトプスユウタです。僕の骨は206個くらいあるはずです。

去る2025年10月12日、群馬県立自然史博物館へ行って参りました。

知人たちが『TCA東京ECO動物海洋専門学校の学生たちと行く、うごくうごく骨の旅』という企画展ワークショップをやるってんで、彼らの指導者で同僚の近藤先生らの計らいで見学させていただいたんです。

今回はそのワークショップの元となった企画展、『ながいながい骨の旅』のレポートです。名の通り長くなるかもしれませんが、ご気分に合わせてお読みください。

早速行きましょう。

本展は、絵本『ながいながい骨の旅』をもとに、「骨」をテーマに生きものの進化を紹介する展示です。

職場にその絵本があったんですけど、原始的な動物から四肢動物類に進化したと思ったら次のページで人類になっていたのでびっくりしたということはすごくおぼえています。

本展は化石動物から、今生きている動物、そしてヒトが、骨でつながっていることを学ぶのが目的だそうです。

絵本のやさしい世界といっしょに、進化の面白さを楽しんでいただこうと、まあそういう展示でした。

早速行きましょう。

およそ5億6000万年前。エディアカラ紀(生き物が生き物を食べていなかった古き良き時代)のプニプニの動物からスタート。長い旅になりそうだ…。(本当を言うと地球誕生を説明するための隕石からスタートしてました)。

脇にある復元画は絵本で実際に使われているイラストなんだと思います。

やがて約5億4000万年前、カンブリア紀が始まります。

食べる者と食べられる者が生まれ、我が身可愛さにそれを守り、体を支える硬い組織が発達していった可能性があります。

骨だの殻だのは、このテンションの中で芽吹いた可能性があります。

約4億8000万年前から4億2000万年前のオルドビス紀からシルル紀にかけて海にはアーマーを持つかっこいいサカナが現れた可能性があります。

大陸のふちには浅い海が広がり、サンゴ礁や暖かい海を舞台に、生存をかけた熾烈な戦いが繰り広げられていた可能性があります。

なお「あたたかい」の中に「たたかい」があり、“warm”の中に“war”があります。前言いましたっけ?

このころ、藻類のせいで大気中の酸素が少しずつに増え始め、陸上にもコケ的な植物が広がっていった可能性があります。

約4億年前、デボン紀。

「サカナの時代」と呼ばれるほど、海はいろんな種類のサカナで満ちていた可能性があります。

コッコステウス Coccosteus

浅瀬や湿地が広がる他方、干上がる水域も増えた可能性があります。ホウエン地方ではカイオーガとグラードンが確実に争っていた時期だったので、海と陸の境界は不安定だった可能性があります。

そのアンバランスさが、新しいチャレンジを後押しした可能性があります。

ひれの骨が、やがて陸で体を支える構造へと変わっていった可能性があります。

約3億6000万年前、石炭紀。

赤道付近の陸地にはシダ植物の森が広がった可能性があります。酸素濃度は現在より高く、なんやかんや節足動物は巨大化し、湿地が地表を覆った可能性があります。

この森の中で、骨は重力と真正面から向き合うことになった可能性があります。

カルディオケファルス・ペアボディイ cardioceohalus peabodyi
エリオプス Eryops

非有羊膜類のくせに鳥類のような鉤状突起があり、これは地上で体重を支える補助だった可能性や、肺呼吸の役にたった可能性があります。

約2億5000万年前、ペルム紀の終わり。地球史上最大の大絶滅が起こった可能性があります。火山活動からの気候変動、海洋無酸素化。地球環境が変わった事夥しく、多くの系統がおもいっきり絶滅した可能性があります。

しかしながら、ご存知の通り、骨のある連中の系統は途切れませんでした。

約2億3000万年前、三畳紀。乾燥した大地に新たな支配者が現れました。超大陸パンゲアは広大で、内陸は渇きが深刻な環境だった可能性があります。

その中で二足歩行が広がり、軽量で効率的な体の動物が現れた可能性があります。

エオラプトル Eoraptor

見慣れちゃいましたけど、これ改めて見るとすごい保存状態ですね。

歯の付け根がくびれているのが竜脚形類 sauropodomorpha たる所以らしいですが、ちょっとよくわからない可能性があります。

約1億6000万年前から6600万年前、ジュラ紀から白亜紀。

気候は温暖で、海面は高く、浅い海が大陸を分断した可能性があります。

巨大な植物食動物が大地を闊歩し、捕食者がその影を追った可能性があります。

約6600万年前、小惑星衝突による大量絶滅イベントが起こった可能性があります。

海と陸で多くの種が姿を消しました。しかし一部の系統はまたしても生き延びます。

約6000万年前以降、新生代。

ある地域では草原が広がり、開けた環境になった可能性があります。

氷期と間氷期を繰り返しながら、大型哺乳類が現れては消えていきました。

ステファノリヌス・キルクベルゲンシスの「ニッポンサイ」Stephanorhinus kirchbergensis

歯がでかいです。

ケナガマンモス Mammuthus primigenius下顎
アジアゾウ Elephas maximus 下顎

一方、ペルム紀の終わり。海の生態系は崩壊し、このとき、軟骨魚類も系統レベルで深刻なダメージを受けた可能性があります。それまで繁栄していた多くの系統が絶滅し、サメやエイの祖先たちも大打撃を被った可能性があります。まさに絶滅の縁をさまよったと言ってよい状況だった可能性があります。しかし、完全には消えませんでした。三畳紀。ニッチを埋めるように軟骨魚類は再び多様化していった可能性があります。そして現在、サメやエイの一部は海洋生態系の上位捕食者として広く分布し、およそ4億年にわたる歴史を持つ系統として今も繁栄を続けています。

アオザメ Isurus oxyrinchus

一方で、両生類もまた複数の絶滅の危機を乗り越えましたが、その後の環境変動や乾燥化の進行の中で生息域を湿潤な環境へと限定せざるを得なかった可能性があります。それでも現在に至るまで細々と系統をつないできました。

しかし現代では森林破壊や水質悪化、外来病原体などの影響が重なっている可能性があり、多くの両生類が絶滅危惧種に指定されている状況は、過去の大量絶滅を生き延びた系統であっても決して安泰ではない可能性を示している可能性があります。

約6600万年前の大量絶滅では多くの爬虫類が姿を消しましたが、その中でも一部の鳥類は生き残り、それが現生鳥類に繋がりました。またヘビは四肢を失い、体を細長くすることで地中や狭い空間へ適応した可能性がありますし、トカゲは多様な食性と行動様式によって乾燥地から森林まで広く分布した可能性があります。またカメの系統も肋骨と脊椎が融合した甲羅と呼ばれる独自の構造を獲得したことで、捕食圧の高い環境を乗り越えた可能性があります。

こうして見ると、現代のトカゲやヘビ、カメ、そして鳥類といった爬虫類たちもまた、大量絶滅を幾度もくぐり抜けながら現在まで続いてきた長い系譜の一部であり、彼ら爬虫類全体が、それぞれ異なる方向へ枝分かれしながら環境変動に適応してきた結果として今の多様性がある可能性があります。

爬虫類の歴史は当然ダイナソー・クロニクルだけではなく、環境変動に応じて姿を変え続けた長い適応の歴史である事を感じます。

現在の哺乳類には、水辺にとどまりながら卵を産むという古い特徴を今も残している系統が存在し、基盤的な特徴を抱え続けていることは、進化が一方向ではないという事実を示している可能性があります。

また陸上から再び海へ戻った系統もあり、四肢はひれ状に変化し、肺呼吸のままでありながら、水中生活に高度に適応しています。

森林が広がった時代には、木々の間を滑空することで移動効率を高めた系統が現れた可能性がありますし、やがて滑空から真の飛翔へと進んだ種なんぞ多数存在します。

草原の拡大とともに長距離を走ることに特化した捕食者が現れ、群れを形成し協力して獲物を追う戦略が成立した可能性もあります。そして直立し、前肢を解放し、言語や道具を発達させた系統もまたその延長線上に位置づけられますが、そのボディプランは遠い水中の祖先と大きくは変わりません。

このように現代の哺乳類の多様性もまた、環境の変化に応じて枝分かれし、時に海へ戻り、時に空へ広がり、時にコンクリートジャングルや地下商店街を建設することで生き延びてきた長い試行錯誤の結果である可能性があります。

しかし、骨の旅は進化の歴史だけではありません。個体発生の物語でもある可能性があります。ヒトの体の中でも、その長い系譜をなぞるような変化が起こっている可能性があります。受精から数週間のあいだ、まだ骨は存在せず、体の軸を示す柔らかな構造が先に現れる可能性があります。そののち背中側に脊索や神経管が形成され、やがて軟骨が骨へと置き換わっていく可能性があります。妊娠およそ3か月頃には、四肢の骨格がはっきり分かれ、指の一本一本が区別できるようになる可能性がありますし、一時的に尾のように見える部分が存在することも知られていますが、その多くは発達の過程で吸収されていく可能性があります。こうした段階は祖先と同じ姿を再現しているわけではないですが、脊椎動物として共有する設計図が働いている可能性を示唆しているのかもしれません。

つまり、5億年以上にわたる骨の歴史は、地層の中だけでなく、一人の人間の発生過程の中にも静かに刻まれている可能性があります。骨の旅は、種の系譜として続いてきただけでなく、私たち一人ひとりの体内でも、短い時間の中で再び辿られている物語である可能性があります。

開いていた泉門が成長と共に閉じていく様子はまるでケラトプス類 Ceratopsidae のようです。

壁から潮騒が聞こえるという展示。

壁から胎児の心音と胎内の音が聞こえるという展示。

写真は以上です。

いやー。どうでしたか?

今回初めて個々の展示物の解説は入れず(入ってる部分もありますが)、展示の流れにそった物語を極めて謙抑的にお話しさせてもらいました。しつこいくらい「可能性がある」を乱用した可能性があり、もし読んでくださった方がいらっしゃるなら滑ったはずですが、別にギャグのつもりではないとだけ言わせてください。

それから本展の感想です。

キャプションを鵜呑みにするなら、本展は「骨」という一つのキーワードを軸に、進化の時間を重ねて体験させようとする試みでした。単純な海生生物から始まり、現生人類に至る長い変遷を、そもそも系統が異なる属種も多く含まれる比較展示で見せようとする構成は、良く言えば勇敢さを感じました。絵本を下敷きにした展示であり、作中で進化がそのように扱われていることを考えれば構成上やむを得ない部分もあるのかもしれませんが。

また、展示体験として見ると「旅」というテーマを掲げながら、途中から順路が曖昧になり、空間的な導線が弱くなるため、物語を辿っているという感覚が皆無だったのが旅好きとしては引っかかりました。ただ、これも原典である本のタイトルが『ながいながい骨の旅』だから特別展名も同じタイトルになっているというだけの事で、『旅』という単語にそこまでの意味がないのならこちらの気にしすぎで済むとも思います。

あとは、生命史を語る上で象徴的な存在である三葉虫やアンモナイト、トリケラトプスやアルカエオプテリクス、さらには植物などが扱われていないため、常設展と比較すると内容が限定的に見えてしまう面もあります。骨というテーマに絞った結果なので三葉虫やアンモナイトや植物を出さないのは当然かもしれませんが、その分、構成的に優れている当館の常設展示の下位互換のように感じられてしまう側面も否めません。「生命史を語る」という行いに対し、「骨で」という縛りを自らに課している事が、射程を狭めてしまっている可能性があります。

さらに、最終的なゴールがヒトに設定されている構造は、意図せずして「人類が進化の頂点である」という誤解を生みかねない危うさも感じました。もしヒトへと至る直系の祖先(をイメージできる現状可能な限り近縁な属種)のみを追う展示であればこの終着点は妥当だったと判断できますが、爬虫類、サメ、サンショウウオ、サイ、コウモリなど多様な系統に触れている以上、ヒトを終点とする構図は無難ではないように感じました。これも元の絵本でそういう構成だからと言ってしまえばそれまでですが。

加えて、展示は前半こそ時代順に整理されていますが、途中から分類群別や生息環境別の配置へと切り替わるため、時間軸とテーマ軸が混在し、やや混沌とした印象も受けました。進化の時間を辿っているのか、骨の機能を比較しているのかがあやふやになってしまった点は惜しいところです。

それでも、骨はただの硬い構造ではなく、環境との対話の記録であるという展示意図は明確であり、進化をダイナミックな連続性の中で考えさせる威力はありました。原作絵本という制約を抱えつつも、骨という切り口から生命史を再現しようとした試みそのものには群馬県立自然史博物館ならではの意義があったと感じます。

もちろんこれらはあくまで一来館者としての安易な感想にすぎません。アバンギャルドなテーマに真摯に取り組まれた展示であることは間違いなく、自然史を多角的に見せようとされる誠実さには敬意を抱いております。生意気なことを申し上げましたが、深く考えさせられる機会をいただいたことに心より感謝申し上げます。

この記事は以上です。

それじゃ👋

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参考文献: 松本 (2019) ながいながい骨の旅. 東京: 岩波書店.